突然ですが、仕事だけではつまらないので私が松山に来てからずっと気になっていたことをまとめてみることにしました。あくまで簡易的な話でテクニカルに分析することはしませんが、タイトルにあるように伊予弁の「けん」についてです。お時間にゆとりのある方のみ、読んでいただけたらと思います。
一般的に、伊予弁の「けん」は、原因・理由を表す表現で使用され、広島弁の「けー、じゃけー」とも似たような振る舞いを見せます。
① 【標準語】おいしいから食べて。
② 【伊予弁】おいしいけん食べて。
③ 【広島弁】おいしいけー食べて。
これらの表現は同じ状況で同じ意味合いで使うことができます。しかしながら次に記すように、時間の起点を表す表現においては、「けん」、「けー」は現れることができません。「*」は意味が通らない時のマーク。
④ 【標準語】朝早くから、ずっと働いてる。
⑤ 【伊予弁】*朝早くけん、ずっと働いとる。
⑥ 【広島弁】*朝早くけー、ずっと働いとう。
また、「けん」が現れることができる場所は、標準語の「から」と基本的に同じです。左から標準語、伊予弁、広島弁の順で書いております。
⑦ 【動詞】食べるから、食べるけん、食べるけー
⑧ 【形容詞】おいしいから、おいしいけん、おいしいけー
⑨ 【名詞】日本だから、日本やけん、日本じゃけー
⑩ 【副詞】ゆっくりだから、ゆっくりやけん、ゆっくりじゃけー
⑪ 【接続詞】だから、やけん、じゃけー
名詞、副詞、接続詞で「けん」を使用する際は、標準語の場合「だ」挿入がありますが、伊予弁広島弁も「や」と「じゃ」の挿入があります。これは聞いた話ですが、四国は昔中国地方とつながっていたのが、断裂して離れていったそうです。もしそれが正しいのであれば、伊予弁と広島弁の「けん」「けー」が音声的に似通っていること及び振る舞いが似ていることは地理的、歴史的にみれば納得できます。
ちなみに、基本的に振る舞いが同じ中でも、複合辞については異なる部分があります。広島弁を記載していないのは母語話者が身近にいないから確認ができないためですが、おそらく伊予弁と同じだと思われます。
⑫ 【標準語】試合にでるからといって、勝たなくていいよ。怪我しないでね。
⑬ 【伊予弁】試合にでるけんって(?けんといって)、勝たんでいいよ。怪我せんといてね。
標準語の「からといって」のケースでは、原因理由表現の「から」と「といって」が合わさり複合辞として機能しております。このような複合辞の表現は⑬にあるように、伊予弁にも観察することができますが、以下の文章ではどうでしょうか。
⑭ 【標準語】愛してるからこそ、別れよう。
⑮ 【伊予弁】*愛しとるけんこそ、別れよう。
⑯ 【標準語】あいつと別れたからには、もう何も障害がない。
⑰ 【伊予弁】*あいつと別れたけんには、もう何も障害がない。
このように複合辞の振る舞いにおいては、標準語で表現できても伊予弁において表現できないものがあります。私は、これらがどのような理由で使用されていないかはわかりませんが、何かしらの理由はあるはずです。愛媛に来てずっと気になっていたのでまとめてみました。詳しい方は是非、教えてください。たぶん、これを読み終えた方は感じたのではないでしょうか、「遠山、暇だな」と。
前田 直子 原因・理由表現とは 方言文法研究会編(2007)
『全国方言文法辞典《原因・理由表現編》』科学研究費補助金研究成果報告書